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函館地方裁判所 平成元年(ワ)208号 判決

原告

小野寺進一

扇谷憲三

江川邦子

工藤謙二

野田克己

望月啓

渡辺洋子

右七名訴訟代理人弁護士

前田健三

今重一

三津橋彬

佐藤太勝

佐藤哲之

長野順一

佐藤博文

被告

函館信用金庫

右代表者代表理事

森迪康

右訴訟代理人弁護士

小村修平

佐藤憲一

安西愈

井上克樹

外井浩志

込田晶代

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別紙各原告の月別請求額一覧表の各月の「請求額」欄記載の各金額及び別紙未払賃金(追加)計算表の各月の「不払残手額」欄記載の各金額並びに右「請求額」欄及び右「不払残手額」欄記載の各金額に対する各月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、信用金庫法に基づき設立された信用金庫であり、原告らは、いずれも被告の従業員である。

2  被告は、休日及び就業時間について、就業規則を次のとおり変更し(以下、この変更を「本件就業規則の変更」といい、変更前の就業規則を「旧就業規則」、変更後の就業規則を「新就業規則」という。)、平成元年二月一日、新就業規則を実施した。

(一) 旧就業規則

(休日) (1)日曜日

(2)国民の祝日

(3)その他金庫において特に指定する日

(勤務時間) (1)月曜日から金曜日午前八時五〇分から午後五時

(2)土曜日 午前八時五〇分から午後二時

(二) 新就業規則

(休日) (1)日曜日

(2)土曜日

(3)国民の祝日に関する法律で定める日

(4)一月二日及び三日

(5)その他金庫が特に指定する日

(就業時間) 午前八時四五分から午後五時二〇分

3  本件就業規則の変更の経過は次のとおりであり、変更手続に違法があり、本件就業規則の変更は無効である。

(一) 本件就業規則の変更当時において、被告の従業員のうち組合員資格を有する者の過半数が、函館信用金庫従業員組合(以下「組合」という。)を組織していた。原告らは、右組合の組合員である。

(二) 昭和六三年四月、金融機関において昭和六四年二月一日から完全週休二日制を実施することを内容とする銀行法施行令(信用金庫法により、信用金庫にも準用される。以下「政令」という。)の改正がなされた。

(三) 組合は、被告に対し、昭和六三年一一月一〇日、いわゆる年末臨給及び年末年始の完全休業の要求書を提出した際に、併せて、完全週休二日制実施に伴い平日の所定労働時間を延長しないよう要求し、同月一七日正午までに回答するよう求めた。

(四) 被告と組合との間で、同月一五日、団体交渉が行われたが、中心議題はいわゆる年末臨給等の問題であり、(三)記載の組合の要求について、被告から基本的な考え方として平日の所定労働時間の延長を検討している旨の発言があったのみで、就業規則の変更あるいは所定労働時間の延長に関する具体的な提案や説明はなかった。

(五) 被告は、組合に対し、同月一七日、平日の所定労働時間延長を内容とする就業規則の変更について現在検討中であり、就業規則の変更にあたっては組合から意見を聴くことになるので、(三)記載の組合の要求については後日正式回答する旨の回答書を交付したが、就業規則変更の具体的内容は提示しなかった。

(六) 被告は、組合に対し、同年一二月二二日、前記2(二)記載の内容の就業規則の改定案を示し、新就業規則を昭和六四年二月一日から実施する予定である旨通知した。

右改定案は就業規則の条文の配列自体も変更する全面的改定案であったにもかかわらず、条文の対照表も添付されておらず、また、改定の理由を説明する書面も添付されていなかった。さらに、右改定案では別規定に定めを委任する事項が少なくなかったが、右別規定の基本的な内容も明らかにされなかった。

右のような改定案の提示であったことに加え、右提示は年末を控えた金融機関の一番の繁忙期にされたものであるから、組合が、被告から改定内容についての相当の説明を受けた上で、十分に検討する期間が必要であるにもかかわらず、被告は、組合に対し、昭和六四年一月二〇日までに意見書により回答するよう、一方的に求めた。

(七) 旧就業規則には、就業規則の改正に際しては「従業員を代表する者の意見を尊重して行うものとする」旨の規定(旧就業規則第七条)があり、かつ、同規定にのっとって、被告の方から説明及び協議の機会を設けるという労使慣行が従来から存在していた。加えて、今回の完全週休二日制に先行する、昭和五八年八月からの第二土曜日休日制(以下、土曜日を休日とすることを「土休」ということがある。)及び昭和六一年八月からの第三土曜日休日制の実施の際には、就業規則の改定手続を伴うものではなかったが、労使双方とも平日の所定労働時間延長をせずに土休を実施することで一致し、円満に実施していた。

したがって、組合としては、当然に被告から就業規則の改定案についての説明がなされ、かつ、その後右説明を受けて労使合意を目指す団体交渉が重ねられることになると考えており、右説明及び団体交渉が一切行われることなく就業規則改定が強行されるとは考えていなかった。

そこで、組合は、被告に対し、平成元年一月二〇日、就業規則の全面的改定の意義や根拠が不明であり、条文に疑問点が多いため、組合として意見を述べるだけの前提がなく、さらに、労働条件の不利益変更部分があるので形式的に意見だけを述べるわけにはいかず、被告からの説明を求めたいので、意見書での回答は差し控える旨記載した回答書を提出した。

(八) 被告は、右回答書を無視して、組合に対し、同月二七日、「就業規則変更に伴う『函館労働基準監督署』への届出手続きについて」と題する書面を交付し、就業規則の改定案の要点のみを説明し、函館労働基準監督署(以下「労基署」という。)に本件就業規則の変更の届出をする旨通知した。

被告が、右回答書を就業規則変更に対する組合の「意見書」として添付して、右届出をしようとしたので、組合は、労基署に対し、同日、就業規則の変更が全面的であり、相当の説明と協議期間が必要であること、及び第二、第三土曜日休日制実施の経過措置を踏まえての完全週休二日制実施が必然的に就業規則の全面的改定に結び付つくものではないことから、被告の右届出を形式的手続のみで受理すべきでない旨上申した。

これに対して、労基署は、同月三〇日、本件就業規則の変更に関する被告の説明及び被告と組合の間の協議が一度もない経過を重視し、被告の右届出を受理しない旨組合に伝え、被告に対し組合との団体交渉を指導するとともに、被告の右届出を受理しなかった。

(九) 被告は、右届出の不受理を受けて、同日、組合に対して団体交渉を申し入れ、同月三一日、被告と組合の間で団体交渉が行われた。

右団体交渉の冒頭、被告代表者代表理事森迪康(以下「森理事長」という。)は、労基署の指導を受けて団体交渉を行うものである旨、及び平日の就業時間延長の問題は昭和六三年一一月一五日の団体交渉以来組合と協議しているが、組合の態度は絶対反対で歩み寄りの余地がなく、団体交渉をしても無駄と判断し、改めて説明や協議をしなかった旨説明した。被告は、労基署に就業規則変更届出を受理してもらうための形式的手続として右団体交渉を行ったにすぎず、実質的な協議には全く応じなかった。

右団体交渉では、新就業規則の実施凍結を前提として、所定労働時間及び休日について、今後団体交渉で協議することが確認された。

(一〇) しかるに、被告は、平成元年二月一日から、新就業規則を一方的に実施した。

(一一) 以上のように、被告が組合に提示して意見を求めた就業規則の改定案は、別規定への委任事項が多いにもかかわらず、右別規定の基本的内容が明らかにされておらず、就業規則改定案の周知としては不十分である上、被告は、組合が意見を述べる前提として右改定案についての具体的説明及び協議を要求したにもかかわらず、右具体的説明をせず、実質的な協議にも応じなかった。

よって、本件就業規則の変更手続は労働基準法九〇条一項に違反し、本件就業規則の変更は無効である。

4  本件就業規則の変更は、次のとおり、所定労働時間及び賃金について、労働条件を一方的に労働者に不利益に変更するものであり、無効である。

(一) 平日の所定労働時間の延長

(1) 新就業規則の実施により、原告らの平日の所定労働時間は、一日当たり二五分間延長された。

(2) 他方、新就業規則の実施により、原告らの年間所定総労働時間は、従来の一八八五時間四〇分から一八八〇時間四〇分に減少した。

しかし、右減少は、前記3(二)記載の政令の改正による完全週休二日制の実施に伴うものであり、平日の所定労働時間延長の代償措置とはならない。

すなわち、金融機関の休日に関する昭和五八年八月からの第二土曜日休日制、同六一年八月からの第三土曜日休日制及び前記3(二)記載の完全週休二日制をそれぞれ内容とする政令の制定及び改正は、我が国の労働者の長時間労働に対する国際的批判、労働者の労働、時間短縮の要求等の国内外の諸事情を背景に、国の主導により労働時間の短縮を図るべく、全産業の基幹である金融業において週休二日制の法制化を企図したものであり、右政令は、金融業の労働者の労働条件について法的拘束力を有する。また、金融機関においては、従来から、銀行法に規定する金融機関の休日をそのまま労働者の休日とする労使慣行が存在した。したがって、政令の改正によって増加した金融機関の休日は、そのまま当然に労働者の休日となる。あるいは、少なくとも、金融機関は、右増加した金融機関の休日を労働者の休日とする法律上の義務を負う。

(3) 平日の所定労働時間が二五分間延長されるだけでも、労働者の一日の生活のリズムに悪影響を及ぼし、それ自体、労働者に不利益を及ぼすものである。通勤に公共交通機関を利用する労働者にとっては、その時刻次第では、通勤時間を含めた事実上の拘束時間が二五分間を超えて大幅に延長される場合がある。また、保育園に子供を迎えに行くのに間に合わなくなるなど、家庭を持つ女性労働者に及ぼす影響は特に大きい。

(二) 賃金(時間外手当)の減少

新就業規則の実施により、従来午後五時以降の勤務について支払われていた時間外手当が、午後五時二〇分以降の勤務についてのみ支払われることになり、原告らに支払われるべき時間外手当の額が減少した。

(三) 平日の労働密度の強化

完全週休二日制実施により、従来土曜日に来店していた顧客が平日に来店することとなるが、午前九時から午後三時までという窓口業務の時間は変わらない。また、窓口業務終了後の集計処理等の業務についても、これを処理するコンピューターシステムは、集計処理が完了したか否かにかかわらず午後五時に強制的に終了する。よって、平日の業務量の増加により、必然的に平日の労働密度の強化(単位時間当たりの処理量の増加)がもたらされることになる。

5  原告らの午後五時以降の勤務時間数は、平成元年二月から平成四年一二月までの各月については、別紙各原告の月別請求額一覧表(以下「別紙各原告の一覧表」という。)記載の「請求時間」欄記載のとおりであり、平成五年一月から同年一二月までの各月については、未払賃金(追加)計算表(以下「別紙計算表」という。)の「5時起算残業時間」欄記載のとおりである。

そして、右勤務時間数に基づき、午後五時から午後五時二〇分までの勤務(これの各月の合計時間数は、別紙各原告の一覧表の「未払時間」欄及び別紙計算表の「不払時間数」欄記載のとおりである。)についての時間外手当につき、新就業規則による所定労働時間に基づいて算定した賃金単価を基礎として計算すると、別紙各原告の一覧表の各月の「請求額」欄及び別紙計算表の各月の「不払残手額」欄に記載された各月の未払時間外手当の合計額となる。

6  よって、原告らは、被告に対し、別紙各原告の一覧表の各月の「請求額」欄及び別紙計算表の各月の「不払残手額」欄に記載された各月の未払時間外手当の合計額並びに各月の未払時間外手当額に対する各月の給与の支払日である各月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(なお、右の未払時間外手当額の計算は、前記請求原因5記載のとおりの被告の計算(新就業規則による所定労働時間に基づいて算定した賃金単価を基礎とするもの)に基づいて行ったものである。しかし、原告の主張する所定労働時間はこれより短く、したがって、賃金単価の数値は高くなるはずであるから、本来原告らが得べき未払時間外手当額は、本件における請求額を上回るものである。よって、本件請求は一部請求であることを明示するものである。)

二  請求原因に対する認否・反論

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2(一)  請求原因3の冒頭の主張は争う。

(二)  請求原因3(一)の事実は認める。

(三)  請求原因3(二)のうち、昭和六三年四月、昭和六四年二月一日から金融機関業務の完全週休二日制を実施することを内容とする政令の改正がなされたことは認め、その余は争う。

(四)  請求原因3(三)の事実は認める。

なお、このとき、組合は、平日の所定労働時間延長について絶対反対の態度を表明した。

(五)  請求原因3(四)のうち、被告から就業規則の変更あるいは所定労働時間の延長に関する具体的な提案や説明がなかったことは否認し、その余は認める。

被告は、この日、新たに休日となる第一、第四及び第五土曜日の所定労働時間分を平日に振り分ける形で平日の所定労働時間を延長する旨組合に伝えた。

(六)  請求原因3(五)の事実は認める。

ただし、被告は、その際、完全週休二日制実施に伴う問題点を組合に提示した。

(七)  請求原因3(六)のうち、被告が組合に請求原因2(二)記載の内容の就業規則の改定案を示し、昭和六四年二月一日から実施する予定である旨通知したこと及び昭和六四年一月二〇日までに意見書により回答するよう求めたことは認め、その余は否認ないし争う。

(八)  請求原因3(七)のうち、旧就業規則第七条の規定の存在、第二、第三土休の実施が円満に行われたこと及び組合が被告に対し原告ら主張の内容が記載された回答書を提出したことは認め、その余は否認ないし争う。

被告と組合の間で、就業規則の改定に際して被告の方から説明及び協議の機会を設けるという労使慣行はなく、組合は意図的に団体交渉を申し込まなかったものである。なお、被告は、組合が従来から平日の所定労働時間の延長に絶対反対の態度を固持していたことから、右回答書について、組合が本件就業規則の変更に反対の意見を回答したものと理解した。

(九)  請求原因3(八)のうち、被告が組合に原告ら主張の通知をしたこと、被告が労基署に本件就業規則の変更の届出をしようとしたが、組合の上申により受理されなかったことは認め、その余は不知。

ただし、被告は、金融機関業務の完全週休二日制の実施が迫っており、組合が本件就業規則の変更に絶対反対の態度を固持していたため、やむなく右通知をしたものであり、組合の前記回答書を無視したものではない。

(一〇)  請求原因3(九)のうち、原告ら主張の団体交渉が行われ、所定労働時間や休日について、今後団体交渉で協議することが確認されたことは認め、その余は否認する。

被告は、右団体交渉の席上、翌二月一日から新就業規則を実施し、平日の所定労働時間を延長する旨告げており、今後の協議の合意は、就業規則の実施凍結を前提としたものではない。

(一一)  請求原因3(一〇)の事実は認める。

被告は、平成元年三月三一日、労基署に規則の変更届出をし、同年四月一九日、右届出が受理された。

(一二)  請求原因3(一一)の主張は争う。

(1) 被告は、組合に対し、昭和六三年一一月一七日、金融機関業務の完全週休二日制実施に伴う問題点を提示して就業規則の変更を通知し、同年一二月二二日、改定案を提示して、同六四年一月二〇日までに意見書により回答するよう求めたものであり、組合が右改定案について検討する期間は十分にあった。

組合は、右変更に絶対反対の姿勢を固持しており、被告は、平成元年一月三一日の団体交渉において、組合と協議したが、妥結には至らなかったものである。

(2) 被告は、昭和六三年一二月二二日、各部店長を通じて、全従業員に対し右改定案を周知させた。

(3)よって、本件就業規則の変更手続に労働基準法九〇条一項の違反はなく、本件就業規則の変更は有効である。

3(一)  請求原因4の冒頭の主張は争う。

平日の所定労働時間の延長は、それだけを独立して不利益性を論ずべきではなく、従業員の完全週休二日制実施に伴うものであり、新就業規則の実施により年間所定総労働時間が減少し、加えて、従来出勤していた土曜日の通勤に要した時間から解放され、事実上の拘束時間はさらに減少するのであるから、本件就業規則の変更は、労働者に不利益な変更ではない。

(二)(1)  請求原因4(一)(1)の事実は認める。

(2) 請求原因4(一)(2)のうち、新就業規則の実施により原告らの年間所定総労働時間が原告ら主張のとおり減少したことは認め、その余は争う。

銀行法は、銀行業務の規制を目的とする法律であり、労働条件の基準を定める法律ではない。すなわち、銀行法が規定する休日は、銀行業務(窓口業務)を行わない日を定めたにすぎず、それが当然に従業員の休日となるわけではなく、就業規則の規定により初めて従業員の休日となるものである。現に、政令の改正による被告の業務の第二、第三土休実施に際しては、被告と組合との交渉により、これを従業員の休日とすることとした。平成元年二月一日からの金融機関業務の完全週休二日制実施に際しても、一部の金融機関は、休日となる土曜日を当然に労働者の休日とはせずに、特定の土曜日を出勤日とした。そもそも、国が金融機関の従業員に対してのみ従業員の休日としての完全週休二日制を保障したとする原告らの主張は、憲法一四条に定める平等原則に反する。

(3) 請求原因4(一)(3)の事実は争う。

(三)  請求原因4(二)のうち、新就業規則の実施により時間外手当が午後五時二〇分以降の勤務についてのみ支払われることは認め、その余は否認する。

仮に、実際の時間外手当が従来に比して減少したとしても、それは、業務量の減少に伴う実際の時間外労働時間の減少によるものであって、しかも、労働者には業務量の減少に関わりなく一定の時間外労働を求める権利があるわけではないから、平日の所定内労働時間の延長とは無関係であって、本件就業規則変更による不利益ではない。

(四)  請求原因4(三)のうち、土曜日が休日になることにより、従来の土曜日の窓口業務量の相当部分が平日の開店時間内に処理されること及び閉店(午後三時)後の集計処理等の業務は基本的に午後五時のオンラインシステム終了時間までに処理されることは認め、その余は争う。

CD(現金自動支払機)からATM(現金自動預入・支払機)への変更等の機械化によって平日の窓口来客数は減少しており、また、繁忙日にはオンラインシステムの終了時間を延長する等の対応により、労働密度の強化はない。

4  請求原因5の事実は認める。

三  抗弁(労働条件の変更の合理性)

本件就業規則の変更が労働条件を労働者に不利益に変更するものであるとしても、右変更は、次のとおり合理的な変更であり、有効である。

1  金融機関がその業務についての完全週休二日制を実施する場合、従来営業日としていた土曜日の業務を平日に処理する必要があり、平日の業務量が従来より増加することは避けられず、従来の平日の所定労働時間内に右増加する業務を適切に処理することが困難となるから、平日の所定労働時間を延長することが必要となる。被告は、従来出勤日としていた土曜日の所定労働時間を平日に均等に割り振る方法を採用した。

2  信用金庫業界では、金融の自由化、国際化、機械化の進展により、競争が激化し、被告は厳しい経営環境にある。平日の所定労働時間の延長を伴わずに従業員の休日を伴う完全週休二日制を実施すると、年間所定総労働時間が大幅に短縮され、賃金単価が大幅に上昇し、人件費の増大を招く。よって、経営基盤が強固でない被告が、他の金融機関との競争力を維持し、経営基盤を確保するため、賃金単価の大幅な上昇を回避すべく、平日の所定労働時間を延長したことは、必要やむを得ないことである。

3  他の金融機関においても、金融機関業務の完全週休二日制の実施に伴い、従来出勤していた土曜日をそのまま出勤日あるいは特別有給休暇とする、休日となる土曜日の就業時間の全部又は一部を、平日に均等に、あるいは繁忙な営業日に割り振るなどして、年間所定総労働時間の大幅な短縮及びそれに伴う賃金単価の大幅な上昇を回避する方策が採られた。

4  本件就業規則の変更によって原告ら従業員が受ける不利益は、平日の所定労働時間が二五分間延長されるのみであり、特に過重な負担を強いるものではないことに加え、従業員の休日を伴う完全週休二日制の実施により休日が増加し、年間所定総労働時間が減少するなど、右不利益に対する代償措置が講じられており、実質的な不利益は解消している。

5  就業時間に関する定めは、就業規則により、全従業員に対して統一的、画一的に運用されなければならないところ、本件就業規則の変更については、組合の同意は得られなかったものの、その変更手続に瑕疵はなく、被告は、有効に変更された就業規則を原告らを含む全従業員に対して実施したものである。

四  抗弁に対する認否・反論

1  抗弁の冒頭の主張は争う。

2  抗弁1のうち、金融機関業務の完全週休二日制実施に伴い平日の業務量が増加することは認め、その余は争う。

増加した平日の業務は、従業員の労働密度の強化により吸収されざるを得ないものであり、実際にも、被告の従業員一人当たりの時間外労働を含めた年間の総実労働時間は、本件就業規則の変更後もほとんど増加しておらず、午後五時以降の実労働時間にほとんど変化はない。したがって、平日の業務量の増加により平日の所定労働時間の延長が必要である旨の被告の主張は、根拠を欠くものである。

3  抗弁2のうち、信用金庫業界の競争が激化し、被告が厳しい経営環境にあることは認め、その余は争う。

完全週休二日制は、全金融機関一律に実施されるものであり、そのために被告だけが不利益を受けるものではないから、右信用金庫業界の競争とは無関係である。完全週休二日制実施の目的は、前記一4(一)(2)記載のとおり、労働時間の短縮すなわち労働条件の改善にあるから、右実施に伴う人件費等のコストの上昇は当然に企業が負担しなければならず、平日の所定労働時間の延長等によってコストの上昇分を労働者に転嫁することは、完全週休二日制実施の目的に反し、許されない。

そもそも、完全週休二日制実施に伴う年間の人件費の上昇については、被告は、従前から金額にして二五〇万円程度、大蔵省検査などが入って残業が増えた場合でも五〇〇万円程度と予測しており、実際にも実施後右予測に反する上昇を招いた事実はない。そして、この程度の人件費増は、被告の年間の人件費が一〇億円を越す規模であることからすれば、経営に影響を及ぼすようなものではないし、新たな土休により年間二〇〇万円ないし三〇〇万円の水光熱費、管理費等のランニングコストの節減が予測され、現にそのような結果になっていることをも考慮すれば、全体としてコストの上昇はほとんどなかったというべきである。

また、機械化によるコストの上昇についていえば、機械化は、被告が大幅な人員削減等のいわゆる合理化の一環として従前から追求してきているものであり、今回の完全週休二日制実施と関連付けるべきものではない。

4  抗弁3については明らかに争わない。

5  抗弁4の主張は争う。

本件就業規則の変更の不利益性は、前記一4記載のとおりである。同(一)(2)記載の政令改正の趣旨は、右変更の不利益性及び合理性の判断に際して、十分に斟酌されるべきである。

国際的、歴史的にみて、労働時間短縮が、一日八時間制の要求から始まり、人間の生活サイクルそのものである日を単位にして漸次進められてきたこと、休日の増加が労働時間短縮に直結していること、日、週、年間の単位のいずれにおいても労働時間短縮がなされてきたことも、合理性の判断に際して斟酌されるべきである。

6  抗弁5の主張は争う。

労働条件の統一的、画一的決定の要請から、組合の同意のない就業規則の実施が許されるのは、対等かつ誠実な労使交渉が行われたにもかかわらず、合意に達しなかった場合に限られる。前記一3(三)ないし(一一)記載のとおり、被告は、組合に対し、本件就業規則の変更について、具体的説明もせず、実質的な協議にも応じることがなかったものであり、団体交渉を拒否し、団体交渉に誠意をもって臨まず、一方的に就業規則の変更を強行したことは、不当労働行為に該当する。新就業規則強行後も、被告は、徹底して組合を敵視し、組合員に対し脱退工作をする等の不当労働行為を繰り返している。かかる本件就業規則の変更に至る組合との交渉経過及びその後の労使関係も、合理性判断に際して十分斟酌されるべきである。

理由

(主体及び本件就業規則の変更の内容―請求原因1及び同2)

請求原因1及び同2の各事実については、当事者間に争いがない。

(本件就業規則の変更の手続違反について―請求原因3)

昭和六三年一二月二二日、被告が組合に対し、請求原因2(二)記載の内容の就業規則の改定案を示して、新就業規則を昭和六四年二月一日から実施する予定である旨通知し、これに対する回答を意見書により昭和六四年一月二〇日までにするよう求めたこと、同月三一日、被告と組合との間で、本件就業規則の変更に関して団体交渉が行われたこと、この当時、組合が被告の従業員のうち組合員資格を有する者の過半数により組織されていたことは、当事者間に争いがなく、昭和六三年一二月二二日、被告が各部店長に右改定案を配布し、所属の従業員に対し右改定案を周知徹底させるよう指示し、右改定案が各部署において回覧その他の方法により周知されたことが認められる(甲二〇、乙二二、五三、弁論の全趣旨)。

したがって、右認定の事実によれば、被告が組合に対し、労働基準法九〇条一項所定の意見聴取の機会を与えていないものとは認められず、本件就業規則の変更が同条項に違反するがゆえに無効であると認めることはできない。

(不利益性の有無と合理性の判断―請求原因4、抗弁1ないし5)

第一  不利益性及び合理性判断の基本的枠組み

労働条件の変更は、本来対等な労使の合意に基づいてなされるべきものであるが、労働条件の画一的処理の要請から、労働者に不利益な内容を含む就業規則の一方的な変更も、合理的なものである限り許される。ここでの不利益性の有無は、変更された就業規則全体について、変更の前後を比較して判断すべきものであり、また、合理性については、変更の内容(不利益の程度・内容)、変更の必要性、組合との交渉経過等の諸事情を総合して判断すべきである。

第二  本件就業規則の変更における不利益性の有無

一  新就業規則の実施により、平日の所定労働時間は、従来午前八時五〇分から午後五時までとされていたものが、午前八時四五分から、午後五時二〇分までとなったため、一日二五分間ずつ延長されること、反面、第四及び第五土曜日(所定労働時間各四時間一〇分)が新たに全休となること、その結果、年間の所定総労働時間は、一八八五時間四〇分から一八八〇時間四〇分に減少すること(平成元年度)は、当事者間に争いがない。したがって、年間の所定総労働時間そのものについていえば、本件就業規則の変更により増加してはいないから、その限りで不利益性はないといえる。

二  この点、銀行法の解釈に関する原告の主張(請求原因4(一)(2))に従えば、政令の改正による金融機関業務の完全週休二日制の実施により、法律上当然に右休日が従業員の休日ともなるから、不利益性の判断においてはこれを除外し、一日二五分の所定労働時間の延長のみを問題にすべきことになる。

確かに、金融機関の休日に関する、昭和五八年八月からの第二土休、昭和六一年八月からの第三土休及び平成元年二月からの完全週休二日制をそれぞれ内容とする政令の制定及び改正は、わが国の労働者の長時間労働に対する国際的批判、労働者の労働時間短縮の要求等の国内外の諸事情を背景に、国の主導により労働時間の短縮を図るべく、全産業の基幹たる金融業において週休二日制の法制化を企図する意図をもってなされたものと解される。

しかしながら、銀行法は、同法一条が規定するように、銀行業務の規制を目的とする法律であって、銀行従業員の労働条件の基準を定める法律ではなく、銀行法一五条一項(信用金庫法八九条により信用金庫にも準用される。)にいう「銀行の休日」は、単に銀行業務(窓口業務)を行わない日を意味するに過ぎず、銀行従業員の休日を意味するものではない。よって、政令の制定ないし改正によって増えた「銀行の休日」を銀行従業員の休日とするためには、労働協約や就業規則等の改正を経る必要がある。

なお、確かに、かつては銀行法にいう「銀行の休日」が、労働協約や就業規則の改正によらずに、事実上必ず銀行従業員の休日とされていたことは認められる(甲二五ないし二七)。しかし、前記金融機関業務の第二土休及び第三土休実施の際、被告においては、被告と組合との交渉によりこれが従業員の休日とされたこと、前記金融機関業務の完全週休二日制実施に際し、土曜日を当然に従業員の休日とはせずに、特定の土曜日を出勤日とした金融機関もあったことは、当事者間に争いがなく、これらの事実からすると、政令の制定ないし改正によって増加した金融機関業務の休日を、そのまま当然に従業員の休日とする旨の労使慣行が存在していたものとは認められない。

以上から、本件就業規則の変更における不利益の有無は、政令の改正による金融機関業務の完全週休二日制実施に際し、新たに増えた被告の業務の休日を被告従業員の休日ともしたことによって土曜日の所定労働時間が削減されたことをも含めて判断すべきことになる。その結果、前記のとおり、年間の所定総労働時間には少なくとも増加はなく、その限りでは不利益ということはできない。

三  しかしながら、本件就業規則の変更による平日の所定労働時間の延長には、それ自体による従業員の家庭生活への影響、時間外手当の実際上の減少、平日の労働密度の強化といった事態をもたらす可能性があり、これらからすると、年間の所定総労働時間の増加がないからといって、直ちに不利益性がないものと断ずることはできない。そこで、次に、本件就業規則の変更によりもたらされると考えられる不利益の程度・内容について検討する。

第三  不利益の程度・内容

一  平日の所定労働時間延長そのものの不利益性

一日の労働時間が労働者にとって大きな意味を持つことは否定できないが、本件就業規則の変更によるような平日始業時五分間、終業時二〇分間の所定労働時間の延長は、延長時間が比較的短時間であると評価でき、しかも、毎日均一に延長することから、労働者の生活リズムを狂わせる可能性も少ないといえることなどからして、それ自体としては一般には労働者に特に過重な負担を強いるものではないということができる。

もっとも、通勤に公共交通機関を利用する労働者にとっては、その交通機関の運行状況いかんによっては、事実上の拘束時間が所定労働時間の延長分を大幅に超える場合もあり得ること、実際問題として家庭を持つ女性労働者により大きな影響を及ぼす可能性のあることは認められる(江川本人、甲五七、五九)。

しかしながら、原告ら被告従業員についていえば、平日の午後五時以降の実労働時間にはさほどの変動がなく(乙四、五の一ないし三五、六の一ないし三七)、また、実際には、午後四時二〇分以降は、上司の許可を得て帰宅してもよいとされ、実際に五時に帰宅する者もおり、その分は賃金カットをしない運用がなされている(当事者間に明らかに争いがない。)。かかる実態からすると、右の個別的な不利益は、あるとしても少ないし、また、相当程度解消され得るものと解することができる。

二  賃金(時間外手当)の減少

新就業規則の実施により、従来午後五時以降の勤務について支払われていた時間外手当が、午後五時二〇分以降の勤務についてのみ支払われることになったことは、当事者間に争いがない。したがって、実際に原告らに支払われる時間外手当の額が、平日の所定労働時間の延長によって減少したものと認めることができる。

しかしながら、労働者には時間外労働を求める権利はなく、その意味で、時間外労働に支払われる時間外手当は、従来支払われていたものであっても、既得権としての権利性が弱いものであることは否定できない。したがって、基本給の低い分を時間外手当によって補っているという現実の状況があるとしても、なお、右時間外手当の減少をもって、不利益性の内容として重要視することはできないというべきである。

三  平日の労働密度の強化

金融機関業務の完全週休二日制の実施により、従来の開店土曜日の窓口業務量の相当部分が平日の開店時間内に処理されること、閉店(午後三時)後の集計処理等の業務は基本的に午後五時のオンラインシステム終了(強制締め上げ)時間までに処理されることについては、当事者間に争いがない。

しかしながら、平日の単位時間当たりの処理量が増加し、労働密度の強化がもたらされるとしても、それは、政令改正による金融機関業務の完全週休二日制の実施自体によるものであって、本件就業規則の変更による平日の所定労働時間の二五分間の延長とは関係がなく、しかも、自動機がCDからATMへ変更されるなどによって、平日の来客数が増加しているのに窓口来客数が減少している事実が認められ(乙四八の一、二)、また、繁忙日にはオンラインシステムの終了時間を午後七時まで延長するなどの措置がとられていることが認められる(小野寺本人、扇谷本人、甲六一、乙三七ないし三九)から、これらにより、右労働密度の強化も相当程度緩和されているものと認められる。

四  以上の検討に加え、従業員の休日を伴う完全週休二日制の実施により、勤務から完全に開放される日が増加し、毎週の二連休によって十分な休養が確保され、自由時間や余暇が充実し、土曜日に通勤から開放されるなど、従業員が大きな利益を受けることをも併せて総合考慮すれば、本件就業規則の変更による不利益は、極めて軽微なものといわざるを得ない。

第四  変更の必要性

一  平日の業務量の増大への対応

金融機関がその業務についての完全週休二日制を実施する場合、従来営業日としていた土曜日の業務を平日に処理する必要があり、平日の業務量が従来より増加することは、当事者間に争いがない。

もっとも、製造業などとは異なり、金融機関においては、来客者の多少にかかわらず午後三時に終了するという窓口業務の性質、オンライン締め上げ時間の存在等から、平日の業務がある程度労働密度の強化により吸収されざるを得ないであろうこと、それは前記のとおり、いかにオンラインの終了時間に延長があっても、午後四時三〇分締め上げが目標とされている(扇谷本人、甲六一)限り否定できないであろうこと、被告としては、第二、第三土休の導入時の経験等から、年間の午後五時以降の実労働時間はさほど延びないと予想していたこと(証人布施、甲二一)が認められる。そうすると、平日の業務量増大と、土曜日の所定労働時間を平日に均等に割り振る方法との間には、必ずしも合理的関連性がないようにも思われる。

しかしながら、平日の業務量の増加に伴い実際にどれくらい一日の実労働時間が増加することになるかは、誰も明確に予測できるものではなく、機械化や労働密度の強化によってある程度吸収されるとはいえ、平日における窓口業務の相対的増加がその他の業務の遂行に相当程度影響し、そのため、平日の実労働時間の増加が必要であると判断することは、極めて常識的であり、合理性を欠くものではないと解されること、増加労働時間を短時間ずつ均等に割り振る方法が従業員の日々の生活リズムに対する影響を少なくするのに適していると解されることからすると、被告が、平日の業務量の増加への対応として、本件就業規則の変更によるような方法で平日の所定労働時間を延長したことにつき、その必要性がなかったということはできない。

なお、原告小野寺の試算によれば、新就業規則実施後も、平日の午後五時以降の実労働時間にさほどの変化がないことになるが、右試算は、午後五時から二〇分間につき時間外手当を請求しない者の分を含んでいないなどの点で、必ずしも正確なものとはいい難い(甲五五、五六、小野寺本人)。結局、新就業規則の実施によって、午後五時以降の実労働時間がどのように変化したかは正確には把握できないが、右試算に含まれていない分などを考慮に入れれば、少なくとも若干程度は増加していることが認められるから、結果的にも、平日の所定労働時間を延長する必要がなかったということはできない。

二  被告が厳しい経営環境にあること

信用金庫業界は、金融の自由化、国際化、機械化の進展により、競争が激化しており、一般的に厳しい経営環境にあること(当事者間に争いがない。)、特に、被告は、営業区域を函館市を中心とした地域に限定され、市内に一〇店舗、市外に五店舗のみを有するに過ぎず、本件就業規則の変更直前の昭和六二年度に限定しても、被告の常勤役職員一人当たりの預金量、経費率、預金原価率、業務収支率等の経営諸効率及び利益は、他の金庫に比していずれも最低レベルに位置していたことが認められ(証人布施、乙三四、三九)、本件就業規則の変更当時の経営環境が厳しいものであったと認めることができる。

三  賃金コストの抑制・削減

1  被告は、かかる経営環境にあって、あらゆる手段を講じて日夜コスト削減に腐心する必要があったところ、かたや、国際世論や政府の強力な指導に従うべく、産業の基幹たる金融機関の一員として、完全週休二日制を先駆的に導入するという社会的責務にも応える必要性に迫られていたものであって、かかる被告が、従業員の休日を伴う完全週休二日制の導入による賃金単価の上昇を防ぐなどして、賃金コストを抑制ないし削減する必要性があったことも理解できないことではない。

もっとも、従業員の休日を伴う完全週休二日制の導入は、企業に人件費等のコストの負担が伴うべき本質のものであり、そのような完全週休二日制を導入した全金融機関が共通して右負担を受けるものであって、被告だけが不利益を被るものということはできない。

しかしながら、規模も競争力も異なるものが、コスト負担の伴う完全週休二日制を一律に導入すれば、それによって受ける影響が一律なものになり得ないことは至極当然であるから、各企業がその規模や競争力等に応じてそれぞれの対応をすることは、許容されてしかるべきものというべきである。そして、労働者にとっての完全週休二日制によるメリットは、前記のとおり、単なる労働時間短縮以上のものがあるから、各企業の経営事情によっては、労働時間短縮の趣旨に真っ向から反しない限度で、賃金コストの抑制ないし削減という方策を講じることもまた許されるものというべきである。

2  ところで、被告は、従業員の休日を伴う完全週休二日制導入による人件費の上昇が金額にしてせいぜい三〇〇万円程度と予測し、かたや、平日の午後五時以降の総実労働時間が土曜日の所定労働時間の減少する分ほどには延びないであろうことを前提として、年間約一〇〇〇万円の総時間外手当の支出を削減することを企図していたこと、新たな土曜日閉店により年間二〇〇万円ないし三〇〇万円の水光熱費、管理費等のランニグコストの節減を予測していたことが認められる(証人布施、甲二一、二三)。

したがって、被告は、単なるコストの抑制にとどまらず、右のように大幅な時間外手当の削減をも目的としていたということができる。

しかし、被告は、完全週休二日制とは直接の関連性がないとはいえ、人件費削減のためという以外に、労働密度の緩和及び作業時間の減少としても作用する機械化(紙幣整理機、硬貨選別機、両替機、オートキャッシャー、ATM)を同時進行的に進めていたこと、被告はそのために相当程度の支出をしてきたことが認められ(乙三九、四六、四七)、右のような目的をもって、不当とまで断ずることはできない。

四  他の金融機関との比較

1  新就業規則実施後の平成二年度における被告の年間所定総労働時間は、一八六五時間三〇分であるが、これより短い信用金庫は、北海道内三三金庫中三金庫に過ぎず、仮に、平日の所定労働時間を全く延長しなかった場合、同年の被告の年間総労働時間は、一七五〇時間余りとなり、全道の金庫中最も短くなっていたことが認められる(甲三〇、乙三四)から、前記のように経営環境の厳しい被告にとって、従業員の休日を伴う完全週休二日制の導入に際し、賃金単価の上昇を防ぐため平日の所定労働時間を延長する必要があると判断したことにも十分な理由があるということができる。

2  政令の改正による金融機関業務の完全週休二日制実施に際し、被告以外の金融機関においても、従来出勤していた土曜日をそのまま出勤日あるいは特別有給休暇としたり、休日となる土曜日の所定労働時間の全部又は一部を平日に均等に割り振ったり、繁忙な営業日に割り振ったりしている(当事者間に明らかに争いがない。)。このように、被告のほかにも、従業員の休日を伴う完全週休二日制の実施に際し、平日の所定労働時間の延長によって賃金コストの抑制ないし削減の方策を採った金融機関が存在するのであって、この点からも、被告の経営判断が突出して不合理なものということはできない。

五  以上によれば、本件就業規則の変更の必要性も肯定することができる。

第五  組合との交渉の経過

一  争いのない事実等

1  昭和六三年一〇月(当事者間においては、同年四月であることに争いはないが、乙三によれば、同年一〇月であると認められる。)、政府の労働時間短縮の方針に基づく完全週休二日制実施の要請に応えて、昭和六四年二月一日から毎週土曜日を金融機関の休日とすることを内容とする政令の改正がなされた。

2  組合は、被告に対し、昭和六三年一一月一〇日、完全週休二日制実施に関連する事項として、右実施に伴い平日の所定労働時間を延長しないことなど六項目の要求をし、同月一七日正午までに回答するよう求める内容の文書(甲二)を提出した。

3  被告と組合との間で、同月一五日、団体交渉が行われたが、2記載の組合の要求について、被告から、基本的な考え方として平日の所定労働時間の延長を検討している旨の発言があった。

4  被告は、組合に対し、同月一七日、平日の所定労働時間の延長を内容とする就業規則の変更について現在検討中であり、就業規則の変更に当たっては組合から意見を聴くことになるので、2記載の組合の要求に対しては後日正式回答する旨の回答書(甲三)を交付した。しかし、その後、被告と組合の間には、いわゆる年末臨給、第三土曜日の扱いの問題、パート問題等で団体交渉や事務折衝が持たれたことはあったが、結局、2記載の組合の要求に対する回答は、ついになされなかった。

5  被告は、組合に対し、同年一二月二二日、本件就業規則改正案(甲四の二)を示し、新就業規則を昭和六四年二月一日から実施する予定である旨通知し(甲四の一)、昭和六四年一月二〇日までに意見書により回答するよう求めた。

6  組合は、被告に対し、平成元年一月二〇日、就業規則の全面的改定の意義や根拠が不明であり、条文に疑問点が多いため、組合として意見を述べるだけの前提がなく、さらに、労働条件の不利益変更部分があるので形式的に意見だけを述べるわけにはいかず、被告からの説明を求めたいので、意見書での回答は差し控える旨記載した回答書(甲五)を提出した。

7  被告は、組合に対し、同月二七日、「就業規則変更に伴う『函館労働基準監督署』への届出手続きについて」と題する書面を交付することによって、労基署に就業規則の変更届出をする旨通知した。

8  被告は、同月三〇日、労基署に就業規則の変更の届出をしたが、労基署は、右届出を受理しないよう求めた組合の上申を受け、また、書類の不備を理由として、被告の右届出を受理せず、就業規則変更に関する被告の説明及び被告組合間の協議が一度もない経過を重視するとして、被告に対し組合との団体交渉を指導した。

9  被告は、同日、組合に対して団体交渉を申入れ、同月三一日、被告と組合との間で団体交渉が行われた。右団体交渉では、所定労働時間及び休日について、今後団体交渉で協議することが確認された。

10  被告は、平成元年二月一日から、新就業規則を実施した。

二  認定できる事実

(以下の共通の証拠として、工藤本人、証人布施、甲一八ないし二〇、二二、五一、乙二二。その他は各項に記載。)

1  昭和六三年一一月一五日の団体交渉

この日の団体交渉では、主に第三土曜日が実は休日とはされておらず特別休暇扱いとされていたことについて議論されたこと、本件就業規則変更についての被告理事会の決定は同年一二月九日のことであるから、この段階ではまだ具体的な説明のしようがなかったことなどからして、所定労働時間の延長に関する話題は出たものの、被告から組合に対し、具体的な提案や説明があったものとは認められない(甲二二、乙五〇、五一)。

2  同年一一月一七日の被告からの回答

被告は、この日、完全週休二日制実施に伴う問題点を組合に提示したというが、その内容は被告の立場からの抽象的な就業規則変更の必要性についての主張の域を出ないものであって(甲三)、労使の折り合いに向けて意味のある問題点の提示がなされたものということはできない。

3  同年一二月二二日の被告の改定案の提示及び回答要求の方法

被告の提示した就業規則の改定案は、就業規則の条文の配列自体も変更する全面的改定案であったこと、その内容においても、完全週休二日制導入と平日の所定労働時間延長に留まらず、一か月変形労働時間制の導入、就業規則の適用範囲から嘱託職員を除外すること、女子の時間外勤務の規制緩和及び新採用者の年次有給休暇付与日数の削減等、従業員の労働条件について不利益ないしその可能性の強いものを種々含んでいたこと、それにもかかわらず、条文の対照表も改定理由の説明書類も添付されていなかったこと、右改定案では別規定に定めを委任する事項が少なくなかったが、右別規定の基本的な内容も明らかにされていなかったことが認められる(甲七、九の一、二)。

4  平成元年一月三一日の団体交渉における森理事長の発言

同日の団体交渉の冒頭、被告代表者森理事長は、「本日の団体交渉は、労基署の指導で行うこととした。」、「一〇分でも形だけやればよい。」、「形式が整えば就業規則の変更の届出はできる。」「十分検討時間を与えているにもかかわらず、意見を差し控えるとのことであるから、やっても無駄と判断した。答えは分かっている。」などと発言したことが認められる(甲一七、乙五七)。

三  右一及び二の事実関係に加えて、回答期限を翌昭和六四年一月二〇日としながら、同月三一日には既に正式に印刷された新就業規則が配布されており(甲五一)、印刷業者に発注されたのは相当早い段階と認められること、北海道地方労働委員会での審問において、森理事長自身、労働関係法規に対する基本的理解を欠くとしかいえないような時代錯誤的な労使観を披れきしていること(甲七三)、同審問における当初から譲る気はなかった旨の布施人事部長の発言(甲二二、五一)、昭和六三年一二月九日の被告理事会における組合に対して強硬な態度を求める趣旨の川村、小柳両理事の発言(甲二三、乙五一)及び右一連の経過が同地方労働委員会において、不当労働行為と認定されていること(甲一七)からすると、被告は、本件就業規則の変更に当たり、労基署の指導に従い組合との団体交渉の機会を持ってはいるものの、当初から組合と誠実に交渉する意図を有していなかったものであり、そのため被告と組合との交渉が十分尽くされなかったことが認められる。

第六  本件就業規則の変更の合理性についての判断

第五で認定した事実によれば、本件就業規則の変更に際しての手続(組合との交渉経過)にはかなりの問題があったといわざるを得ない。

しかしながら、第二ないし第四で認定した事実によれば、新就業規則の実施によって原告らの被った不利益は、その程度及び内容において極めて軽微であり、本件就業規則の変更の必要性も肯定されるから、変更内容自体には合理性があると認められる。

したがって、第一で述べた判断枠組みに従って、第二ないし第五で認定した諸事実を総合して判断すると、右手続上の問題点により、直ちに本件就業規則の変更の合理性が否定されるものと判断することはできず、これを斟案しても、なお、本件就業規則の変更は、全体として合理性を有するものということができ、有効であると認めることができる。

(結論)

よってその余の判断をするまでもなく、原告らの請求は理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官橋本昌純 裁判官山本剛史 裁判官上杉英司)

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